ワルイナミダ統括本部長・児島の、Yシャツネクタイ(人への礼儀・凛として生きる姿)とボクサーパンツ(内面の吐露・思い出にすがる自分)の、相克の歴史。
by thewaruinamida
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2008年 05月 20日 ( 1 )

カインドオブマジック

ロクに寝れてねえなあ。

しょうがないので、木月のGEOで大量買いしたスティングを聞いている。

音楽によって誰かの人生に影響を与えるとか、いわゆる「救い」の音楽とか、
そういう部分に対して自分はあまり自覚的ではない。
少なくとも「やる側」の感覚として。

これはまあ単純に人間のタイプにも拠ることなのかも知れないけれど、
どうしても感覚として「へっ、嘘くせえ」みたいに思ってしまうのが自分だったりもする。

見方を変えて、じゃあ人の音楽に救われたことは無いのか?というと、これはもう、
山ほどある。しょっちゅう救われている。こんなに救われて申し訳ないんじゃないか
と思うほど、救われている。

そういう訳で、自分は他人がやる音楽に対してすごく引け目を感じている。
こんな、しょっちゅう俺が救われている人たちと、
誰を救えるかも分からないような自分たちの音楽で対峙することなんて、
できるのか。できないんじゃないだろうか。

少なくとも、その辺に自覚的になれない以上は、とにかく自分の感覚を切り詰めて、
その切り詰まった分、結果として他の人に何かを与えることができるんじゃないだろうか、
できたらいいな、こんな自分でも少しは。
そんな曖昧な感覚に頼って音楽をするしかない。

ハッキリ言って頼りない基準だと思う。
ただ、自分にとって自分がやる音楽と言うのは、少なくともこういう存在であったし、
これからもこういう存在であり続けるだろうと言うことは確か。

下手に媚びはしないけれど、やっぱり誰かの心の奥深くに届いてほしいことを、
こんな自分でも深く願っている。

風がとても強い。
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by thewaruinamida | 2008-05-20 09:27