ワルイナミダ統括本部長・児島の、Yシャツネクタイ(人への礼儀・凛として生きる姿)とボクサーパンツ(内面の吐露・思い出にすがる自分)の、相克の歴史。
by thewaruinamida
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2008年 02月 11日 ( 1 )

思い入れたっぷりに、一方的な解釈で、2・9幕張

レイジアゲインストザマシーンと言うバンドは、(現役時代自分が見聞きした)言葉とは裏腹に、
ザックとその他3人(主にトム)の本質的な要素が全然違うバンドだ。

もう再結成ライブ当時から、ネットのブート映像とか色々と見てたんだけれども。
ザックのテンションは、目に見えて低い。

昔うちのバンドのギターの人と話したことがある。

「トムモレロは『どう弾くかじゃなく、何故弾くかだ』なんて言ってたけども、
今のバンド(注:オーディオスレイブ@当時)じゃそんな事微塵も考えてないっすよね~」

オーディオスレイブでのトムモレロは、
「単なるギター好きでカッコよくギター弾けて機械に詳しいオッサン」
だった。
けなしているのではない。「いい意味で」が多分に含まれている。
あーそもそもこの人は、思想うんぬん以前に、ひとまずギターを弾くのが楽しい人なんだ、と。
そう思った。


勿論、RATM時代は違ったのかもしれないし、今でも違うのかもしれない。
だけど、彼は、「訴えたいことはあるけど、まあそれはそれとして」が出来る人だった。

RATM休業時代も、(RATM時代との比較論は別として)プロフェッショナルとして、質量ともに
十二分の働きを、コンスタントに行っている。政治的な必然性云々を、ひとまずは
感じさせないような楽曲で。
(地味~に政治活動したりもしてるけど)


ザック・デ・ラ・ロッチャは逆だ。
RATM活動休止後に、「寡作なんてレベルじゃねーぞ!」状態に陥ってしまったように、
彼は「歌うべきモチーフ」と、「それに符合する音」が無ければ歌えないタイプだ。

ライブにおいても、それがとても敏感に出てしまう人間のように思う。
(初期のライブ映像と、Battle Of Mexico Cityの映像とを比べてでさえ、ザックの声には
明確な違いがあった、と思う。前者はもう数年聞いてないのでおぼろげだが)

「アリガトゴザイマース」と、一言だけMCで言ったザックの声には力が無かった。
比較して、他の3人の演奏は、「これがRATMの音ですよ」と言って商売が出来る水準は、
軽々とクリアしていた。
勿論、3人はずっとバンドやってたんだから当たり前だが、その中でザックは何を思うんだろう、
と邪推する。

「ネェネェ、あれだけ言ってた必然性は?結局何も無くてもレイジの曲できちゃうわけ?」なんて論法は
あまりに稚拙だ。

ただ。
「今後、音楽的な理由で4人が一緒に活動をすることは無い」との言葉をあっさり翻しての、
さしたるアナウンスメント無しの再結成。
漂う「大御所バンド感」。
加えて、戸惑いもなく、現役時とおんなじように熱狂するオーディエンス。
勿論、俺もその中の一人。

こういう光景をステージの上から眺めているザックの心境が、とても気になる。
ソロ作はほんとうに出るんだろうか。
「歌うべきモチーフ」を、ほんとうにザックは見つけているんだろうか。

ザックの言葉が聞きたい。




まあ、そんな事を思った、2・9幕張でした。
書いててつくづく、俺レイジ大好きだな~と、身悶えするほど思った。
えへ。
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by thewaruinamida | 2008-02-11 04:18