ワルイナミダ統括本部長・児島の、Yシャツネクタイ(人への礼儀・凛として生きる姿)とボクサーパンツ(内面の吐露・思い出にすがる自分)の、相克の歴史。
by thewaruinamida
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2007年 03月 19日 ( 1 )

22

俺は、なにひとつ具体的じゃないものに対して、必要以上の恐怖を感じる子供でした。

たとえば、死ぬこと。
「死んだらどうなるんだろう」とか、「痛い」とかそういうことじゃなくて、
その「死」の後ろに控えている、「永遠」とか、「ずっと何も無いことが続く」とか、
そういうことなんだけど。

でもよく考えてみれば、俺が生まれる前からずっと、「何も無いとき」は続いていたわけであって、
そういう意味で、人の意識って、延々と続いている時間の中で、たかだか80年くらい
解放されてるだけなのかなあ、って思ったりして。


じゃあ俺はこの80年間だけ何かをすることを許された奴隷のようなもんなのか、とか
それ以外のときは、前も後も全部無なんだろうか、そんなのってあんまりにもひどすぎるし切なすぎるなあ、とか、
一人で勝手に考えて、ほんとに怖くなってた。

ほんっとに、死ぬことが嫌で。
俺は死ぬときになっても、必死で怖がって、イヤダイヤダしながら死ぬのかなあ、とか思ってた。



で、24歳になった今、どう思っているか、というと。
やっぱり、そういうことを思わなくなったし、思っていたこと自体を、忘れつつあるんですよね。

何も感じない。
自分が死ぬときのことを考えても。
それよりも、何か降って来る具体的なものの事を考えるようになった。
友達のこととか、仕事のこととか、言ってしまえば、バンドもそうです。

でね(こっから重要なんだけど)。
それって、俺が昔考えてた、「もしも俺が死ぬことを受け入れるようになるとしたらこういう感じ」
っていうのと、すごくピッタリ来るんですわ。

要するに、死ぬのが怖くなくなること。
考えられなくなること。
それによって、俺は少しずつ死んで行く、ってこと。



考えてみると、全部予想通りなんです。
なんとなく昔から、こうなると思っていたような気がする。


そう、それはつまるところ
「22年前から、大体の見当はついていたんだ」
って奴です。

あの曲の歌詞のイメージって、こんな感じ。
しばらく忘れてたけど、ふと思い出したので、書きます。

暗い日記ですこと。
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by thewaruinamida | 2007-03-19 02:38