ワルイナミダ統括本部長・児島の、Yシャツネクタイ(人への礼儀・凛として生きる姿)とボクサーパンツ(内面の吐露・思い出にすがる自分)の、相克の歴史。
by thewaruinamida
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森山直太朗について/2

まあ嘘なんだけど。

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いまさら買ったんだけど。

分析的なことはやめようと思って最近してないが、

権力-レベル(rebel)の2項対立を、メロディー-ビートの2項対立に
置き換えて考えていた時期が、そういえば俺にもあったなあと。
或いは「評論される音楽」-「みんなの音楽」って言う対立か?
その辺はなんか忘れてしまった。

要するに、レベルという価値観の中では、評論する人にとって
カスみたいな音楽も、評論する人にとってすばらしい音楽も、
全てが「ライブハウスやその辺のパブで流れる雑多なビート」
を通じて繋がっていて、

その雑多感こそが権力、或いは評論に対する「レベル(反逆)」

なのであって、そういうものがパンクでありハードコアであり、
ニューウェーブへと地続きなんだろうなあ、とかね。

なんとなくそういうことを考えていた時に、ハードコア世界の
美意識みたいなものを肌で知る機会があって、非常に胸打たれた、
覚えがある。

だから、昔も今も、「雑多」という意味でのハードコア的な
美意識が自分はすごく好きだったりする。そして、それを
実現している人も。


いやあ小難しいねえ!
こんなこと俺考えてたんだねえ、その筋の人にとっては当たり前の
ことかも知れんけど!

音楽に下手な考えは無意味。
とはいえ、衝動に任せて色々考えるのは決してダメなことじゃないと
思ってます。
だって、俺が考えたいと思ったんだから。


それが全てだろ、散れクソ共が!
しっしっ!
にゃらんぽにゃらんぽ!


そして、先週金曜、およそ3ヶ月ぶりにwaruinamidaでスタジオに
入りました。
もう少し、もう少し。
グッフィーリンよ!
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by thewaruinamida | 2007-12-13 16:34
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