ワルイナミダ統括本部長・児島の、Yシャツネクタイ(人への礼儀・凛として生きる姿)とボクサーパンツ(内面の吐露・思い出にすがる自分)の、相克の歴史。
by thewaruinamida
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音楽を創るのは誰だ?

最近、ひょんなことから自分たちの楽曲をサイトに登録する機会があって。

その時にどうしても避けられなくなるのが、「作詞:」「作曲:」という項目、だ。

この概念って、いまいち俺にはよく分からなくて。

ま、前者はよしとしよう。
今のところ我々のバンドで歌詞を書いているのは、俺一人だから。
(誰かが「俺歌詞書くよ」と言い出したら、ものすごい興味深いことだし、是非やってほしいが)

問題は後者、である。

歌中心のバンド、とか、一人でデモを持っていく、とかいうバンドであるなら
まだしも、我々のバンドは、

「きっかけとなるフレーズやコードやメロを誰かが持っていって、バンドで合わせながら
作っていく」

というスタイルであるからだ。

こういうスタイルの場合、この部分は誰が作って、ここは誰で、下手すると、
「あれ、ここ誰だっけ?」という事態になりかねない。
非常に流動的なスタイルだと言うことである。

で、現状で言うと、きっかけとか、最終的な曲の全体像の判断、とかは、ほぼ俺だ。

まあ、歌詞を書くからね。
きっかけ~全体像イメージ~歌詞イメージ、という一連の作業は連なりやすい。

ただ、その一部始終で、「おお、予想外のフレーズ!そしたらここはこうして…」
的な、軌道変更も頻繁にある。大小問わず。
それによって、曲全体のイメージが変わってしまうこともしばしばだ。

それを呼び起こしているのは誰かと言うと、俺以外のメンバーが何気なく弾くフレーズ
だったりする。
それがあると、俄然燃える。

というか、それが無かったことは、おそらくほとんどない。
無かった場合、逆に不安になって、できかけの曲を消してしまうかもしれない。
それだけ自分たちにとって、「バンドで合わせる」と言う行為は、重要なもので、不可欠である。

だから、「作曲:」という定義が、俺にはあまりよく分からないのだ。
「編曲:」に至っては、何をかいわんや、どんだけぇ~、である。


さらに突っ込んで、誤解を恐れずに言うと。

万に一つ、その作業が俺一人で完結するにしてもだ。
俺がwaruinamidaで新曲を作ろうか、と思い立った時、
どうしてもイメージの節々に、「このフレーズをごくごく一般的な(これも変な定義だけど)
音でやったらこうなるだろうな、ただ自分らの音じゃこうだろうな」っていうのは出てくる。

すなわち、どれだけ一人でやったとしても、
バンド固有の音を具体的にイメージしないと、曲作りは出来ないわけで。
それはすごく「バンドメンバー」に依存している行為で、一人ではなしえないわけで。


そんな程度のか細いものなのに、「うわっはは、俺は作曲者だ、何かを発信しているのだ、どうでえ」と、えらそうにしているのは、果たしていかがなもんなのかなあ、と思うのである。
場合によっちゃ印税までそいつが独占してしまう、という寸法なのだから、こいつぁー一大事。

世のバンドの皆さんは、その辺りどうなのであろうか。
同じような曲作りをしているバンドは、たくさん居ると思うけれど。
バランスはどのような感じなんだろうか。
あと、「独裁バンド」ってのにも興味がある。
どの程度「独裁」しているのか?
まさか、自分で曲作ってポーンと持ってって、それをバンドに渡す程度のことを
「独裁」と呼んでいるのではあるまい?
疑問はつきない。

曲と言うのは至極、よくわからんもんだ。
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by thewaruinamida | 2007-06-28 02:11
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