ワルイナミダ統括本部長・児島の、Yシャツネクタイ(人への礼儀・凛として生きる姿)とボクサーパンツ(内面の吐露・思い出にすがる自分)の、相克の歴史。
by thewaruinamida
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今週

何かが無くなるってのは、何かが出来るってことと違い、とても緩やかな出来事だ。



例えば君が高校生や大学生で、卒業式で、「これでお別れだ」って、わんわん泣いたとする。

でも、それはほんとの別れじゃない。

だって、「またいつでも会える」って思うだろ?

実際、ちょこちょこ会うだろ?



ほんとの別れは、気づかないうちにやってくるもんだ。

たとえば、いつか君は年を重ねる。

毎週のように友達や仲間に会っていたのが、月1ペースになる。

年1ペースになる。

「あーそういえば、会ってないなあ」ってなる。

携帯壊したり、アドレス変えたの伝えなかったりして、連絡先が無くなる。

そのうち、「会ってないなあ」さえ、思わなくなる。

何も思い出さなくなる。


これが、別れだろ?

違うんだとしたら、「別れ」ってなんだい。




そんなことをしながら、君たちの人生は、平凡な日々に慣らされて、いつか感じたトキメキとか、

悲しい気持ちとか、泣いてしまったこととか、まあ全部忘れちゃうんだろうね。



笑って泣いて怒った瞬間は、消えたことすら分からないように、ゆっくりとなくなる。

ええ、そんなもんです。

俺も24なんだから、知ってます。

これからもずっと、人生は馴らされ続け、ジャンクマンに挟まれたかのようにグシャっとなって、
圧縮されてポイだ。



悲しいよな。

俺も悲しいと思う。

悲しいから歌う。


たぶんそれでも、いつかは、「歌を歌っている自分」すら、忘れる瞬間が来るんだろう。

でも、歌っている瞬間だけは、それすらも考えないでいられる。

誰かに伝えたいんだ。
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by thewaruinamida | 2007-04-13 01:18
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