ワルイナミダ統括本部長・児島の、Yシャツネクタイ(人への礼儀・凛として生きる姿)とボクサーパンツ(内面の吐露・思い出にすがる自分)の、相克の歴史。
by thewaruinamida


たとえ

僕自身が「今日はダメだったなー」と思って、その通り大半の人がダメな演奏だったと言っても、

例えばそれで一人の人間が「感動しました」と言ってくれたのであれば、

僕とその人との間は、それが全てなんだと思いますね。

「あんなんで感動するなんてコイツレベル低いな」と言うのも、「それだけ見ている位置が高いんだよ」と言うのも違う。

「誰か一人が感動してくれれば俺はそれで幸せだ」なんて、厨房臭い事を言ってるのでもない。


僕は僕で考えているベクトルがあって、例えそれが君のベクトルとは違ったとしても、心に触れたのなら、それが全てだ、と言うことです。

ある時、何かの弾みで僕と君との心が触れ合うなら、それは、ただそれだけで完結した一つの絶対的な事実だと思う。

俺が居て君が居て、それだけの話。

人の前に出て何かを見せるというのは、そういうことだ。
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by thewaruinamida | 2006-10-01 23:33
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